● 午後3時30分
試験前日のこの日、夜の営業はしない。昼の営業後スタッフ全員で掃除をし、仕事を終える。 急いで家に帰り二次試験の最終チェックをしなければならない。 20本のワインと30本のリキュールが待つ自宅へ車を飛ばす。(はずが・・・)
「おや?」 パーキング出口付近で、右前方からの異音に気づく。 正確に言うと「異音」どころではない。周りからすれば「騒音」レベル。 腹をくくってそのまま走行すること20分。 何とか自宅付近にある馴染みの修理工場へピットイン。 ブレーキパッドの故障。「何たる不運、このタイミングで・・・」 時計の針がいつもより早く回っている。 30分経過 パッド交換が終了し、テストドライブで最終チェック。 45分経過 まだ終わらない。 60分経過 「純正の部品が無いので他の車種のパッドを付けましたが、 ブレーキはあまり利きません。車間距離に注意して下さい」(整備士より) (完全に忘れていた。今日は日曜日。そしてここは"いい加減の国"マレーシア・・・・)
● 午後5時30分
結局、他の工場から純正部品を取り寄せ修理完了、帰宅。 貴重な2時間が泡と消える。 テイスティングを繰り返した後、妻が作ってくれた夕食を済ませる。 出発準備完了。
● 午後7時30分
スーツケースは持って行かない。預けた荷物の受取りに時間が掛かったら試験開始に間に合わない。(関空着AM7:00。試験開始AM10:00) どうせ試験翌日の朝便でまた出国。手荷物一個で十分。 さあ出発。マレーシア(クアラルンプール)国際空港までは自宅から高速飛ばして1時間。車の調子もOK。 玄関で見送る妻に、ポケットの中からソムリエナイフを出して言う。 「君がフランス土産にくれたこのソムリエナイフで、絶対合格勝ち取ってくるよ!」 「ちょっとあなた!ソムリエ"ナイフ"は機内持ち込みできないわよ!」 (そうだった・・・。荷物がすぐに出てこなかったら試験開始に間に合わないかも・・・)
● 午後11時50分
離陸予定時間5分前。機内は満席。 ソムリエナイフの入ったスーツケースもこの機体のどこかにあるのだろう。 一次試験の時は飲まず食わずで徹夜勉強した機内の旅も、今回は違う。 万全の状態で試験本番を迎えるため、ぐっすり眠ることに決めている。 到着後は急いで預けた荷物を取らないと。早く出てくることを祈るのみ・・・。 「あれ?もうそろそろ飛ぶんじゃなかったっけ?」 「整備不良が見つかったため、今からエンジンの再点検を行います」(機内アナウンス) (合格以前に、受験できないかもしれない・・・・・・)
● 午前8時15分
結局30分遅れで関空に到着する。(AM7:30着)急いで預けた荷物の回収に向うも、まったく出てくる気配はなく、同乗したほとんどの人が荷物を抱えて帰路につくのを見送る。 梅田行き最終バス(試験に間に合うための)の出発時間はAM8:25。 やっと出てきたスーツケースを鷲掴み、最終関門の税関チェック。 私はひげ面のせいか、はたまたパスポートがスタンプだらけのせいなのか、ここで捕まることが多い。荷物をしつこく検査されたり、別室に行かされたこともあった。 急いでいる素振りが挙動不審に映るのではと、とにかく平静を装う。が、ここから100メートル先で止まっているバスはあと5分しかそこにいない。 職員の質問が続く。「海外長いですね~」「一時帰国ですか?」 税関職員に別れを告げ、バスまで猛ダッシュ!いる、まだバスがいる! 走り出したバスの中、肩で息をするのも落ち着いてきた頃、バスの動きが止まる。 「渋滞につき、到着が遅れる場合があります。御理解下さい」(車内アナウンス) (間に合わなかったら、妻になんて報告しよう・・・)
● 午前9時50分
小雨の中、梅田のバスターミナルから走りに走ったおかげで何とか間に合った。 一次試験の合格通知は、ミャンマー人スタッフにゴミと一緒に捨てられたので、会場受付にて説明後、着席。受験。 おそらく受験生で最後に着席したのではないかと思われる私ですが、不思議なことに、実技試験は一番に終了。 後続組が受験している頃にはすでに、茶屋町(飲み屋街)の居酒屋でビールを飲んでいました。私は日本から5000キロメートル離れたマレーシアの首都クアラルンプールでレストランを経営しております。 30代最後の挑戦と決めたソムリエ試験。調理場の隅にある冷蔵庫を勉強机にし、9ヶ月間勉強しました。 2011年3月、あの未曾有の震災はこの離れた場所にも大きく影響し、日本からの食材が一切入らない状況が続く中、経営的にも厳しい状況が続きました。 しかしながら、毎日一生懸命働いてくれるミャンマー人スタッフ達、勉強一色の生活を文句も言わず支えてくれた妻、励ましや応援をくれる沢山のお客様。そんな人たちに支えられ、無事合格することができました。 ありがとう。みんなにありがとう。ほんとうにありがとう。 「シェフ+ソムリエ×マレーシア」 今年、僕の新しい人生が始まりました。